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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

京都2014秋の特別公開をめぐる旅18―豊国神社と方広寺―

史跡散策

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※2014年10月31日の記事です。

京都国立博物館を出て、北隣の豊国神社と方広寺に立寄りました。

 

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京都国立博物館の表門から、豊国神社へ歩いていくと、道沿いに巨石が連なっています。これは秀吉によって創建された方広寺の外周遺構。

国指定史跡「方広寺石塁および石塔」となっています。

 

豊国神社

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江戸時代に破却され、明治時代に再興された神社。豊臣秀吉を祀っています。

 

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伏見城の遺構と伝わる唐門(国宝)。

神社再興にあたり、南禅寺塔頭の金地院より移築されてきました。 

 

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扉に施された装飾。

 

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凝っているけど、割と荒削りです。

 

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唐門より奥へは立ち入れず。

また、この辺り一帯は方広寺大仏殿の跡地でもあります。

 

方広寺

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現在の方広寺はこんな感じ。

 

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やっぱり見どころは大坂の陣の発端となった梵鐘でしょう。

 

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重厚な梵鐘(重要文化財)。

「国家安康」「君臣豊楽」の銘文は白く印が付けられているので、見つけるのは容易いかと。

 


なお、一般的には「国家安康」「君臣豊楽」の銘文に対して徳川方が難癖を付けたと認識されていますが、実際は意図して織り込まれたものであって、難癖というのは当たりません。

 

大仏殿跡緑地

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方広寺から東へ細い路地を進み、豊国神社の裏手へ。

方広寺大仏殿跡の北西部にあたる場所です。しかしだいぶ藪化してしまっていて、何が何やら(汗)

 

耳塚

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最後に豊国神社から正面通りを西へ100m足らずのところにあるこちらへ。

朝鮮の役で、諸将が戦功の証として持ち帰った敵兵の耳や鼻を埋葬した塚です。国指定史跡「方広寺石塁および石塔」の「石塔」のひとつ。

「石塔」はもうひとつ、馬塚というのが豊国神社境内にあるそうなんですが・・・見逃しました ><