美濃近江編/3日目/大垣市
最終日は大垣市内を巡ります。ただ、特別行きたかった場所が無いのであまりテンションが上がらない。お陰で2年前の散策*1に漏れた文化財・史跡*2をただ埋めていく、って感じになっちゃった。しかも埋めきれんかったし。ダメダメです。もっと血湧き肉躍るようなプランにしなきゃいかんですね。反省。
9:05 遮那院跡
この日は予報に反して朝からどんよりとした曇り空。しかも底冷えがする。そんなわけで遅めの出発。
ひとまず市街地中心部を散策。ここは天武天皇の勅願所という古代より続く寺院でしたが、明治時代の神仏分離により廃寺となったそうです。今は街の片隅に墓塔や地蔵があるのみでした。市指定史跡。
9:10 小原鉄心邸跡
小原鉄心は、幕末の大垣藩の政治指導者。市内各地に関連の史跡が点在しています。
で、ここですが、残念ながら石碑があるのみで、説明版もなく淋しい限り。市指定史跡。
この後、市営丸の内駐車場へ行って自転車を借りる。「水都号」と言って、利用は無料です。
しかし寒い中、自転車というのはキツイものがありますな(^^;; 持っていた手袋がここで役に立った。これが無かったらエライことに。
9:40 全昌寺
ここを訪れるのは2度目ですが、前回は墓地へ行っただけ。しかも市村鉄之助の墓を探しに行って見つからなかったのですが、実は鉄之助ではなく兄の辰之助の墓だとか。まあ、どちらにせよ今回も見つけられなかったんですけどね。他にも小原鉄心の墓・鴻雪爪の墓(どちらも市史跡)があるはずなのだが、やはり見つけられず。お手上げですヽ( ´ー`)丿
それから、境内には小原鉄心の別邸であった無何有荘大醒しゃ*3(市有形)が移築されています。もともとの無何有荘跡はまた後ほど。
9:50 船町港跡
かつて水上輸送で賑わった水門川の川港。市指定史跡。それから川べりに建つ住吉燈台が県指定史跡。
また、大垣にて奥の細道の旅を終えた松尾芭蕉がここより船で桑名へ向かったことから、奥の細道むすびの地としても市指定史跡となっています。写真は、芭蕉と大垣の俳人・谷木因の像。
10:30 和算塾算光堂跡
進路を南に。街道沿いに石碑と説明板が。市指定史跡。
10:45 宝光院
杭瀬川に架かる水都大橋を渡って西側対岸へ。ここは江戸時代に御朱印地として保護を受けていた寺院。市指定史跡。
10:50 聚楽寺
宝光院の北100mほどにあり。高倉天皇勅願所で市指定史跡。
11:05 正円寺
墓地に県指定史跡の経塚があります。
11:10 一里塚
美濃路に築かれた久徳町の一里塚。市指定史跡。
11:25 長松城跡
荒崎小学校前に石碑があります。遺構は・・・見当たらなかった。
関ヶ原合戦においては、東軍が美濃赤坂進出の際に奪取し、一柳直盛が入城している。この長松城が大垣城と南宮山の間を繋ぐ美濃路に楔を打つ形になっていて、戦略的意義は軽くなかったでしょう。
11:50 安楽寺
美濃赤坂にやって来ました。勝山山腹の寺院。
勝山は関ヶ原合戦前に徳川家康が本陣跡(市史跡)で、2年前に山頂には登ったもののこっちには行ってなかったのですが、境内に4つの市指定史跡*4があると聞いて訪問したのですが・・・ひとつも見つからないや(T-T)
仕方がないので、山頂まで登って気を紛らわす。
13:15 受円寺
山門が市指定有形文化財。
13:20 笠縫の里
市指定史跡。鎌倉街道の宿駅があって、歌枕の地だそうな。今は殺風景で小さな広場に石碑と説明板があるだけですが。
13:55 無何有荘跡
小原鉄心の別邸跡。市指定史跡。先述したように全昌寺に移築された無何有荘大醒しゃがあった場所。
事前調査で場所を絞りきれなかったので、大垣駅北口付近をウロウロ。諦めかけたところで発見。でもこの石碑、「入口」とあるので、この先に何かあるかと思いきや、特に何も見当たらず。不審、不審。
大垣駅南口で昼食。そして市営丸の内駐車場に戻って自転車を返却。