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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

篤姫 第3回「薩摩分裂」

大河ドラマ

たまには少しくらい言及してみる。


於一(篤姫)が勝手気儘にあちこちへ顔を出していますけど、まさか江戸城大奥入りした後も抜け出して・・・なんて、どこでもドアな話になったりしないですよね?杞憂ですよね?(^^;
大奥入りまで特にこれといったエピソードを持たない篤姫ですから、いまのところは辛抱するかないでしょう。毎年のことでもありますしね。主人公の詳細不明の前半生をやるときは同時代の有名人ととにかく絡ませる。まあ、毎度おなじみのパターンってやつですね(苦笑) 『風林火山』などはほぼ全編がそうだったと言えますし(^^;


ところで、島津家に徳川家定(家祥)夫人の適任者はいないかという打診があったのは嘉永三年(1850)の秋だそうで、この年の6月に家定の二番目の正室一条秀子が死去しており、すぐに次の花嫁候補者選びに入ったのだろう。
しかしこのときの島津斉彬はまだ藩世子。藩主に就任したのは翌嘉永四年(1851)2月2日。ドラマでは打診がないまま過ぎちゃいましたけど・・・このことは隠してストーリーを組み立ててるみたいですね。