読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

その時歴史が動いた/武田家滅亡の謎/NHK総合

テレビ

鉄の結束を誇り、戦国最強と恐れられた甲斐の武田軍は、信玄の死後わずか10年で壊滅。武田家は滅亡した。その理由は、二代目・勝頼が軍団を統率できず、無謀な戦いを行ったためと、言われてきた。しかし近年の資料研究からは、新たな勝頼像が浮かび上がってきた。信玄にも出来なかった難攻不落の城を攻め落とす戦術。藩政に商人を登用するなど経済にも気を配る政治力。仇敵をも寝返らせる巧みな外交術・・・。しかし、そうならばなぜ、有能な2代目であったはず勝頼が武田家滅亡を導いた「無能」な2代目とされてきたのか?
4年前「勝頼は無能」という評判の背景に、あの織田信長が大きく関与していたと言う説が発表された。信長は、勝頼率いる強力な武田軍団との直接対決を避けるため、巧妙な情報戦をしかけ、勝頼を「薄情者」として喧伝。にせ情報に惑わされた武田勢は主君を信じられなくなり、内部崩壊したと新研究は分析する。
類い希な能力に恵まれながらも、時代の寵児・信長に「無能・薄情」な主君に仕立てられ、敗れた武田勝頼。そこには、名門の跡継ぎと、革新者との運命的な戦いがあった。番組は知られざる武田勝頼の実像から、武田家滅亡の真相に迫る。
(番組公式サイトより)

細かい点では色々言いたいこともございますが、今回は興味深かった。武田勝頼の名誉回復についてはちょっと今更って気がしなくもないですけど、それ自体は評価できる。


今回の主題は、織田信長による武田家への「謀略」。
徳川家康高天神城攻略が進む中、城方は降伏を申し出ていたが、信長の意向によって降伏を受け入れず、力攻めにして高天神城を落とした。
信長が何故そのような意向を示したのかというと、そうすることによって、援軍を送らなかった武田勝頼の威信や信頼感といったものを揺るがせ、武田家を内部崩壊させようとの意図によるものだという。この場合、降伏より攻め落とすことの方がよりインパクトがあるということなのだろう。そして高天神落城から1年後、武田家瓦解は現実のものとなった。


いままでこの話は知りませんでしたし、それどころか武田家滅亡に関して具体的に考えたこともありませんでしたが、今回の放送を観て興味が湧いてきました。武田家の急速な崩壊がこの一件にのみ原因があるというわけではないだろうから、滅亡の過程を追いつつ、もう少し色々考えてみたいと思います。