日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

武田信玄像の謎/藤本正行/吉川弘文館

武田信玄像の謎 (歴史文化ライブラリー)

武田信玄像の謎 (歴史文化ライブラリー)

  • あなたは信玄ですか?─プロローグ
  • 信玄のイメージ
  • 画像は訴える
  • 甲冑像を読むために
  • これぞ信玄
  • 床几にかけた甲冑像
  • 信春は信玄を描けたか
  • 接点のある人物
  • 畠山義続の登場─エピローグ


近年、神護寺三像を始めとする肖像画の像主比定に関する議論が活発になっております。
本書はその中でも高野山成慶院蔵の伝・武田信玄像がテーマ。


伝・武田信玄像は、堂々たる体躯と威厳に満ちた容貌が、"戦国最強"とも謳われる武田信玄のイメージとも合致して、世間でも広く知られている肖像です。しかしこの肖像がそもそも武田信玄を描いたものかどうか疑わしいとする見解が出され、それに対してあくまで信玄像とする立場の美術史家が反論をしている、と現在このような状況になっている模様。
そして本書は、その美術史家の反論に対する反論となっています。


肖像画の問題点として、まず以下の点を挙げられています。

武田家の祈願所である高野山成慶院に伝えられた武将画像─成慶院本─は、信玄の画像として有名である。その論拠は、信玄の没後、その寿像(生前に作られた像)を納めたことを伝える、息子勝頼の書状(成慶院文書)だが、ここには納めた画像の内容が書かれていない。だから、この書状でわかるのは、勝頼が信玄の画像を納めたという事実だけで、それが成慶院本かどうか判断できないのである。

そしてそれだけでなく、武田家の家紋は描かれずに足利家の家紋・二引両が描かれていること、信玄は出家して剃髪しているはずなのに髷が描かれていること、作者の長谷川等伯(信春)に武田信玄との確たる接点がないこと。
以上三つの問題点について、信玄像説の反論を紹介、それに対してひとつひとつ反証しています。


信玄像説側の反論は*1、まず結論ありきで、その結論からの推論に過ぎず、根拠たり得ていない。現状においては、武田信玄像であるという可能性は低いと考えざるを得ないでしょう。
また、著者が推定する畠山義続説も、著者も認識しているように証拠不十分。描かれているのは一体誰なのか? まだまだ研究の余地がありそうですね。

*1:本書で紹介されているものを読んだ限りですが。