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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

2014夏の九州旅行19―諫早―

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※2014年7月26日の記事です。

佐賀から西へ移動して長崎県に突入。これでこの旅の九州6県目となりました。

残すは宮崎だけだったんですが・・・今回はゴメンナサイ(汗)

 

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佐賀駅から13:33発の特急かもめ23号に乗車。

降客が多いので自由席でも余裕で座れます。

 

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1時間後、4分遅れで諫早駅に到着。

 

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駅を出て散策に出発。

 

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諫早の街を流れる本明川

結構良い雰囲気なんですが、電線が残念すぎる・・・。

 

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本明川沿いの小高い丘。あれが諫早城跡。

 

眼鏡橋

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その諫早城跡の麓に、重要文化財眼鏡橋があります。

 

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眼鏡橋といえば、長崎市内のそれが有名ですが、あちらを参考にして造られたものだとか。

もとは目の前の本明川に架けられていましたが、川幅拡張により現在地に移築保存されています。

 

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取りあえず渡っておきましょう。

 

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橋の上からの眺めを撮影。

 

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渡りきって反対側からも。

 

諫早城跡

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諫早城は、秀吉の九州征伐後に領主となった龍造寺家晴(諫早氏の祖)の居城となりました。別名・高城。

眼鏡橋を渡りきってすぐの大手門跡から登っていきます。

 

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折坂虎口。急坂と曲がり角を利用した防御構造です。

 

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5分ほどで頂上の本丸跡に到着。

 

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本丸の東端には見張台としての高矢倉があったようです。

 

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彼方には諫早の市街地が望めます。

 

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こちらは本丸跡に聳える樹齢600年を越すという大クス 。

 

高城回廊(諫早陣屋跡)

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諫早城跡の東側、諫早高校を中心に「高城回廊」として散策路が整備されています。

 

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これよりは諫早高校の敷地。開門時は入場できます。

 

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江戸時代に入ると、諫早氏は諫早城を廃城として東麓に陣屋を構えました。その庭園と御書院が諫早高校内に残されています。

 

 

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1時間ちょっとの散策を終え、諫早駅に戻って来ました。

15:51発の長崎行き普通列車に乗車。

 

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30分で長崎駅に到着しました。

左側に見えるあのエンジ色の車両は・・・もしや?!(つづく)