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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

京都・大阪・高野山をめぐる旅8〜寺町通りから三条大橋〜

※2013年4月26日の記事です


京都御苑を出て、寺町通りを南下。本能寺などの史跡をめぐりつつ、三条大橋を越えて東山方面へと向かいました。

横井小楠殉節地

丸太町通りから寺町通りを南に進んですぐの場所。
明治新政府に出仕した参議横井小楠は参内の帰途、この地で暗殺されました。

下御霊神社

平安時代初期の怨霊を祀り鎮める神社。
上御霊神社に対して南にあったため、下御霊神社と呼ばれるようになったと伝わる。

革堂(行願寺)


創建した行円上人が鹿の皮を常に身にまとっていたことから皮聖と呼ばれ、寺も革堂と呼ばれるようになったそうな。

藤原定家京極邸址

藤原定家の邸宅跡。文具店の前に隠れるように石碑が立っています。余りにさりげなさ過ぎて気が付かず、素通りしそうになりました(汗)

高瀬川一之船入

寺町通りから河原町通りを経て京都オークラホテルの北側へ。


京都の物流の大動脈であった高瀬川の起点に設けられた船溜です。国指定史跡。



周辺には船入を望むカフェやレストランのテラス席があって、オシャレな雰囲気です。


船入から高瀬川を挟んで東側に石碑があります。
写真奥に見えるのが船入。


すぐ北側に、高瀬川を開削した角倉了以の屋敷がありました。

大村益次郎卿遭難之碑・象山先生遭難之碑

高瀬川沿いの木屋町通りを南へ進むと、料亭の路地入口脇に「兵部大輔従三位大村益次郎公遺址」の石碑があります。
ここは大村益次郎が暗殺された地。




向かいの高瀬川対岸には、大村益次郎卿遭難之碑と並んで象山先生遭難之碑が建っています。
佐久間象山もこの地で暗殺されました。

長州藩邸跡

長州藩邸跡に立つ京都オークラホテルの南側に「長州屋敷跡」の石碑があります。


ホテルの西側には長州藩桂小五郎の銅像。

本能寺

御池通りを横断して本能寺へ。街中に立地しています。
本能寺跡を訪ねたことはありますが、こちらは初めて。


閉門17時前ギリギリに入ったので、見学は手短に。



本堂裏手に信長公廟があります。

佐久間象山寓居之址

本能寺を出て、再び高瀬川沿いの木屋町通りへ。
繁華街で石碑めぐりです。移動に便利な高瀬川沿いには幕末の志士が数多く住んでいました。

武市瑞山先生寓居之跡・吉村寅太郎寓居之址

ちりめん洋服発祥の地でもあるらしい。


すぐ側にありますが、看板に隠れるように建っているので見落とされがちかも。

池田屋騒動之址

新選組が過激派浪士を鎮圧した池田屋の跡地。


三条通りに面しています。
以前はパチンコ店でしたが、居酒屋はなの舞になっていました。

坂本龍馬寓居之址


三条通りの一本南側の通りはその名も龍馬通り。
その通りにある材木商「酢屋」に龍馬は隠れ住んでいました。

瑞泉寺

豊臣秀次菩提寺。閉門時間を過ぎてしまい、残念ながら見学は叶いませんでした。

三条大橋

東海道の終点三条大橋。橋の西側に、東海道中膝栗毛の登場人物である弥次さん喜多さんの銅像があります。


三条大橋を渡って、東山へと向かいました。