読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

南伊豆フリー乗車券の旅4〜伊東〜

※2013年1月21日の記事です


短い時間で伊東市内を散策。伊東祐親関連の史跡をめぐりました。


伊東駅を出たのは16時前。冬は日暮れが早いので、残された時間はあまり多くありません。


まずは伊東オレンジビーチへ。冬場なので誰もいません。



海沿いで魚を干していました。いい塩加減の干物になりそうですね。




写真を撮りつつ、海沿いを南に歩いていきました。


灯台の向こうに見えるのは、リゾート地として知られる初島


渚橋を渡ると日本初洋式帆船建造の地の記念碑がありました。
三浦按針が徳川家康の命を受けて、この地で洋式帆船を建造したのだとか。


洋式帆船のモニュメントもありました。


海から離れて伊東市役所にやって来ました。突如現れた近未来的な建物に驚きを隠せません。


その伊東市役所の西側にある物見塚公園。この地は伊東祐親の屋敷跡と伝わります。


物見塚公園には伊東祐親の騎馬像がありました。



そして「伊東祐親ゆかりの地」「八重姫ゆかりの地」の幟を発見。八重姫とは祐親の娘。頼朝の子供をなすも、父によって子を殺され、頼朝とも引き裂かれてしまったという悲劇のヒロイン。
それにしても大河ドラマに登場って(笑)。大河ドラマ平清盛」は序盤しか見ていませんが、伊東祐親がそんなにたくさん出番があったとも思えないので、何と言うかこう・・・頑張ってアピールしている感じが出ていて好感が持てます。


市役所から南へ。住宅地の中にも伊東祐親ゆかりの地が。


こちらは伊東祐親の墓。


伊東祐親の墓から西へ。東林寺にやって来ました。


こちらの境内には、伊東祐親の長男河津祐泰の墓と、その子供である曾我兄弟の首塚があります。


奥から河津祐泰の墓、曾我十郎の首塚、曾我五郎の首塚
高台の森の中にあって、かなり薄暗かったのですが、カメラの性能のお陰で何とか撮影できました。


東林寺の高台から眺める伊東市街。
これにて散策は終了。駅へと戻ります。


30分後、伊東駅に戻ってくると空はもう真っ暗。


今宵の宿泊地、下田へと戻ります。



今度は黒船電車に乗ります。


しかし車内は結構な乗車率なので、撮影は下車時の短時間しか出来ませんでした。


しかもこの列車は伊豆高原止まり。すぐに伊豆急下田行きに乗り換えねばならないので撮影は手短に。


格好いい車体です。名残惜しいけど、また翌日乗る予定なので、そのとき思う存分撮りましょう。


というわけで、この列車で伊豆急下田に戻ってきました。1日目終了です。