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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

JR東日本パスの旅〜第4弾〜/3日目/奥会津

本日もまた会津若松からレンタカーでドライブ。
只見線沿線を進み、最後は会津盆地南部をめぐってきましたが、まさかこの2週間後の新潟・福島豪雨で、3つの橋梁が流失するなど只見線が大きな被害を受けることになろうとは。11月現在も会津宮下〜大白川駅間は不通のままで、未だ全線復旧の目処は立っていないようです。1日も早い復旧を願ってやみません。


(11/13更新完了…冒頭写真は只見川、会津宮下付近)

奥之院弁天堂

国道49号から国道252号でまずは柳津町へ。
こちらは円蔵寺の奥の院として建てられた茅葺屋根の御堂。重要文化財

円蔵寺(福満虚空蔵尊)

慧日寺と同じく徳一によって創建されたと伝わる古刹。
切り立った断崖がいいですね。


階段は物足りないです。


本堂たる菊光堂。なかなかの迫力。


菊光堂前の舞台からは眼下に只見川を望むことができます。

円満寺観音堂

一旦、只見川沿いを離れて国道400号西方街道を北へ。狭い山道を抜けてたどり着いたのが、これまた美しい茅葺屋根の御堂。重要文化財

只見線只見川(会津西方只見

国道400号を引き返し、只見川沿いの国道252号に復帰して只見線に平行して進みます。しかし下調べしていなかったので、かなり撮影ポイントを逃してしまったようです。勿体ないことをしました。
取りあえず、まずは会津西方駅。


ローカル路線ののどかな雰囲気がいいですね。


会津宮下駅を飛ばして早戸駅。会津宮下は国道252号沿いではなかったので・・・。
まあここも「こんなところに駅が?!」と驚いて、急遽停車して数枚撮影しただけなんですが。それにしてもこの早戸駅、国道252号のすぐ目の前にあるのですが、周囲には全く集落がありません。これもまた秘境駅の一種ですね。そして目の前を流れる只見川。コンクリート打ちっ放しの待合室がミスマッチですが、それもまた味わいがあるようにも思えます。いずれにしても、もう少しじっくり撮影しておけば良かったと後悔していますが・・・このときは先を急いでしまったのでした。


続いては水沼橋。すぐ近くに会津水沼駅があったのに立ち寄らなかったのも勿体ないことをしました。


水沼橋から只見川の眺め。


奥に只見線の第四只見川橋梁が見えます。ここは7月30日の水害でも流失は免れたそうですが、被害は出ている模様。


こんなにのどかで穏やかな光景の只見川が牙を剥くとは。今年は自然の脅威を改めて痛感させられる一年になりました。


続いて会津川口駅へ。駅舎にはJAと郵便局が同居しています。




2年前の冬にもホームから撮影しましたが、やはり素晴らしい眺めです。


雪景の城めぐり/1日目/会津若松市 - 日本史日誌


最後は一気に只見駅まで。ここは只見川からは離れているので、風光明媚な景色はありません。

旧五十嵐家住宅・長谷部家住宅(叶津番所跡)

只見駅まで来た後で、通り過ぎてしまったことに気づいて引き返しました。往復で6kmほどのロス。
旧五十嵐家住宅は、これまた美しい茅葺屋根の農家建築でした。重要文化財


見学無料です。


旧五十嵐家住宅の目の前には、長谷部家住宅(県指定文化財)があります。旧叶津村の名主家で、八十里越の番所があったとのこと。入館料500円で時間もないので見学はパスしました。



このあと、只見駅前の食堂で会津名物ソースカツ丼をいただきました。ボリューム満点で美味♪
元気いっぱいで午後のドライブ開始です。

成法寺観音堂

只見から国道289号を南下。会津盆地へ戻る途中唯一の寄り道がこちら・・・でも生憎と修復工事中でした。無念。
ここを再訪するのは難しいな。旅の主目的地にはならないし、他の観光地と組み合わせるのも難しいので。


寺の背後の奇岩・篭岩を眺めて、気持ちを鎮めました・・・まあ仕方ないです(苦笑) 

福生寺観音堂

国道401号の山道をひたすら進むこと1時間半。ようやく会津盆地に到着しました。
茅葺屋根ばかりだったので鉄板葺の屋根が新鮮。というか鉄板葺の重要文化財は珍しいような。

伊佐須美神社

テレ玉視聴者お馴染の「会津の聖地」。
テレ玉ではここのCMが頻繁に流れるのですが、埼玉の地方局のCMに何故、という違和感を感じているのは私だけではないはず。気になってしまって、こうして実際訪ねてみたのですが、疑問は解決せず(笑)


奥州二の宮、会津総鎮守というだけあって、なかなかに立派な神社です。


ただ本殿は2008年に焼失してしまい、現在は仮本殿になっていました。


柱に「奉納 ㈱テレビ埼玉」を発見。ただのCMスポンサーではなさそう。

法用寺

山門が何かおかしい。


金剛力士立像(重文)が類焼を避けるため観音堂に安置されているとのこと。でもパネルはちょっと・・・。


県指定文化財の三重塔。


本堂の壁の一部に紙がたくさん貼られていました。会津三十三観音巡りの参拝者の名を記したものです。わざわざここに貼るのにどんな意味があるのかな?


本堂内厨子及び仏壇(重文)があるのですが、窓の隙間からではよく分かりませんでした。

中田観音(弘安寺)



旧観音堂厨子(重文)は保存庫に収められています。

根岸駅

中田観音から東へ向かうと、踏切脇が只見線根岸駅でしたので、しばし停車して撮影。只見川沿いの駅たちに負けず劣らず、これまた鄙びた駅で素敵です。

常福院薬師堂(田子薬師堂)

重要文化財。扉を明け放ち、カーラジオを流したままの車が御堂の前に止まっていて、初老の男が昼寝をしていました。こんなところでなくても・・・ガックリ来たのは言うまでもありません。

羽黒山城跡

会津戦国大名蘆名盛氏の居城。国指定史跡。
山城の中腹まで車で行けます。そこからは徒歩で。一の曲輪(本丸)へ向かう入口の雰囲気に前途多難を予感して少々たじろぎましたが、登ってみると思ったほどではありませんでした。


10分足らずで到着。


良い眺めです。


一の曲輪から駐車場へ戻り、続いて二の曲輪へ向かいます。道路は一の曲輪と二の曲輪を仕切る「堀切」だったようです。


二の曲輪は駐車場からすぐ。広場として整備されていました。


こちらも眺望が開けています。遥か彼方には鶴ヶ城天守も。200mmレンズでようやく視認できるレベルですが。

会津藩松平家墓所(院内御廟)

最後はこちらで。6年ぶりになります。国指定史跡。


二代保科正経から九代松平容保までの藩主、および妻女が眠っています。初代保科正之だけは昨日の土津神社に眠っているわけです。ちなみに正之以下歴代の墓も、正之に倣って神式で葬られています。


こちらは京都守護職を務めた松平容保墓所


他の藩主たちと石材が違うような?
再来年の大河ドラマは幕末会津も舞台になるので、こちらへの参詣者も増えるでしょうね。



本日の走行距離230km。昨日とは逆に見学時間が少なかったので、距離が伸びました。