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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

信州甲州紀行/3日目/長野電鉄屋代線

廃止が決定された長野電鉄屋代線の惜別乗車に行ってきました。
2004年と2009年に乗車済ではありますが、もう一度乗っておきたくて。また、昨秋に修復工事が完了した真田邸を訪ねておきたかったので松代訪問がてら乗ってきました。今回利用したのは「信州北回廊パス」です。


(7/27更新完了…冒頭写真は屋代駅長野電鉄ホーム)

しなの鉄道(上田→戸倉)

しなの鉄道に乗って出発です。


7:12発の長野行き。空いていました。平日なら通勤通学客で混んでいることでしょう。


屋代への途中、戸倉で寄り道します。

水上布奈山神社

駅から徒歩10分足らず。街中にある神社です。



その拝殿裏のプレハブ小屋内に重要文化財の本殿があります。構造上、全体をカメラに収めることは無理ですね。

しなの鉄道長野電鉄屋代線(戸倉→屋代→松代)

再びしなの鉄道に乗り込み、屋代で乗り換え。乗換時間は僅か2分。充分間に合いますが、ゆっくり撮影している暇はないので、取りあえずワンショットだけ。


屋代から13分で松代駅に到着。


この鄙びた雰囲気が好きです。





屋代線廃止後、駅舎はどうなるのだろう? 保存してもらえると良いのですが。


2時間無料のレンタサイクルもあります。結局一度しか使いませんでしたが。


駅前には童謡・汽車ポッポの記念碑。作曲者が松代出身とのこと。



なお、松代市街で火事がありました。屋代線の車窓から、現場へ向かう消防車が何台も見えました。
煙は近くに上がっているように見えましたが、歩いて向かうには遠そうです。現場の状況は分かりませんが、暫くすると煙も治まったので、ホッと一安心。


矢沢家表門(市指定文化財


小山田家住宅(登録有形文化財

松代城

旧真田邸の開く9:00まで若干時間があったので、時間潰しに取りあえずここへ。
今は目の前を通る線路も踏切も、撤去されてしまうのでしょうね。


踏切から松代駅を望む。


太鼓門前で引き返します。本当にただ来ただけ(^^;

真田邸

国指定史跡・松代城跡附新御殿跡の「新御殿跡」がここ。
幕末に松代藩主真田幸教が母のために建てた屋敷で、昭和41年に松代町へ譲渡されるまで真田家の邸宅でした。入館料200円。


格式を感じさせる玄関。








修復完了からまだ半年余りだけあって綺麗です。特に畳と襖。
それでいて文化財らしさは失われていません。


キツネが現れるという庭園。真田邸は市街地にあるのですが、山も近いですからね。


桜の時期はとても綺麗です(2009年撮影)。


周辺部にしか立ち入れないため、庭園から主屋はこんな絵しか取れないのが残念。そういえば2階があったことに気づきましたけど、どうやら現在のところは立入不可だったようです。

長野電鉄屋代線(松代→岩野)

真田邸も見終わったので松代を後にして埴科地方の古墳めぐりへと向かいます。


松代から屋代方面へ2駅戻って、岩野駅で下車。

土口将軍塚古墳

駅から西へテクテク歩いていくと、


入口がありました。


民家の裏手から続く山道を登っていきます。



途中のお社とお堂をやり過ごし、奥へ上へと進んでいきます。道はまあ歩きにくくも歩きやすくもなく、といったところ。


麓から15分余でようやく到着。埴科古墳群(国史跡)のひとつ目です。

倉科将軍塚古墳・鷲尾城跡

30分以上歩いてやって来ました。
中央の山上に倉科将軍塚古墳、右の山上に鷲尾城跡・・・だと思います。


登り口です。


大日堂があります。


大日堂の脇から登っていきます。前途多難を予感させる藪。


藪はすぐに抜けましたが、今度は岩場の急斜面!
有子山城のように這いつくばるほどではありませんが、これは結構ハード。足腰体力に自信の無い方は引き返すのが無難かと。


20分ほどで鷲尾城の本丸に到達。なかなか見事な石積み。しかし鷲尾城の歴史はよく分かっていません。私も今回訪問して初めてその存在を知りました(^^;


尾根筋は堀切で分断されています。


幾重もの堀切を越えて、尾根道を奥へ奥へ進むこと10分余、ようやく倉科将軍塚古墳に到達しました。埴科古墳群(国史跡)のふたつ目。

森将軍塚古墳

小雨が降ったり止んだりする中、30分以上歩いてやって来ました。埴科古墳群(国史跡)のみっつ目。


前ふたつとは異なり、こちらは復元整備されていますので麓からも視認することができます。


麓には「科野の里歴史公園」があります。端午の節句が近いので、ズラリと鯉のぼりが並んでいました。


森将軍塚古墳館・県立歴史館などの箱モノの他、復元された竪穴式住居などがあります。


杏の花かな? 杏はこの地方の特産です。


さて、山上に登れば見事に復元された古墳を目にすることができます。
前ふたつも尾根筋にあることから、今はあんなですがここと同じような感じだったのでしょう。


後円墳の上からは科野の里を一望することができます。

有明山将軍塚古墳

森将軍塚古墳近くの山腹にあります。埴科古墳群(国史跡)のよっつ目で、これで全てです。

屋代城跡

屋代駅の裏山(一重山)を中心に築かれた屋代氏の居城。
空腹のため主郭まで登る気力が湧かず、そのまま屋代駅に向かって通り過ぎました(^^;

長野電鉄屋代線(屋代→大室)

駅前に食事できるところが見当たらず、結局非常食(?)として取っておいた菓子パンで凌ぎました。
しかし岩野駅を出てから5時間近く歩き続けて、それも小なりとはいえ山を3つ登り降りしたわけですから、もうクタクタ><


朝は時間がありませんでしたので、改めて屋代駅を撮影しつつ屋代線のホームへと向かいます。まずは連絡橋。しなの鉄道との中間改札はありません。


また同じ車両か。というかこれしか無いのかも。


木造の待合室。よく見るとなかなか味わい深いですね。


本降りとなった雨の中、電車は出発。


松代を過ぎ、2駅先で下車。いつの間にか雨は上がっていました。



列車を見送り、本日最後の史跡へと向かいます。

大室古墳


止んだと思ったら今度は土砂降りに見舞われて難儀しました。到着直前には止みましたけど。
ここは埴科古墳群に比べると小粒。でもこんなのが500基もあるのです。国指定史跡。


といっても見たのは北側のほんの一部ですが、それでもこんな感じでポコポコと古墳があります。


大室古墳館は見学無料です。

長野電鉄屋代線長野線(大室→須坂→長野)

大室駅に戻ってきました。


これで屋代線ともお別れです。今日も上田へと帰るのですが、屋代へ引き返すのではなく、折角なので須坂まで行って屋代線を乗り通して、長野駅経由で帰ることにしました。


須坂からは長野線長野駅まで。

信越本線しなの鉄道(長野→上田)


上田3泊目。上田泊も本日までです。