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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

江〜姫たちの戦国〜 第2回「父の仇」

第1回は物凄いハイスピードで展開してビックリしました。何かの総集編かと思いましたよ(笑)


第2回は、天正七年(1579)お市の方浅井三姉妹が安土を訪ねるところから始まりました。言うまでもなくフィクションです。
ちなみにこのときの三姉妹の年齢は以下のとおり。(諸説あります)

  • 茶々:満10歳(小学4年生相当)
  • 初:満9歳(小学3年生相当)
  • 江:満6歳(幼稚園年長相当)


大河ドラマの初期は役者と設定年齢とのギャップが出るのは致し方ないところもあるのですが、子供時代は子役に任せればいいのに・・・。


さて、今年の大河ドラマも相変わらずフィクションや俗説にまみれておりますが、そんな中で画期的なことがありました! それはドクロ盃(さかずき)エピソードを否定した件です。
信長が浅井長政*1ドクロを盃にして家臣と酒を酌み交わしたという俗説を、初が江に対して語っていましたので、またかと思っていたのですが*2、何と信長がそれは噂*3に過ぎないと否定。そして宴席に置いて酒の肴にしたという『信長公記』の記事に沿った映像が流れたのでした。
フィクションに関しては革新的なものの、歴史的なことに関しては丸っきり保守的というのがこれまでの大河ドラマの傾向でしたから、これには驚いて我が目を疑ってしまいました。いやー、やれば出来るんじゃないですか。小さな一歩ですが、今後にも多少の期待が持てそうです。
ただし、薄濃(はくだみ)*4が「亡くなりし者への礼節として」のものかどうかには疑問があります。ドラマでは宴席も神妙な雰囲気でしたが、信長公記では薄濃を酒の肴に「各御謡御遊興」とあり、飲めや歌えやの大騒ぎだったようです。あくまでドラマの潤色とみるのが妥当でしょう。

*1:セリフでは割愛されましたが、浅井久政・朝倉義景も。映像で3つのドクロが並んでいました。

*2:5年前の『功名が辻』では俗説そのままでした。→功名が辻 第13回「小谷落城」 - 日本史日誌

*3:そのような噂があったという史実も無いのですが。

*4:頭蓋骨を漆で塗り固めて金色に彩色したもの。