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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

慶応四年の徳川宗家/藤田英昭/日本歴史(729号)

論文

今日も引き籠もって論文紹介。


2009年の論文。徳川慶喜退隠直後の旧徳川将軍家における田安慶頼と天璋院篤姫)の動向について言及しています。


そして天璋院については仰天行動が明らかに。奥羽越列藩同盟の盟主に担ぎ上げられていた輪王寺宮宛に、新政府軍への辛辣な批判と東北諸藩に対する絶大な期待を寄せた書簡を送っていたのでした。
何とか徳川家の存続が決まり、身を慎まねばならぬ時期にも関わらず、この破天荒行動。江戸城開城や家臣団の解体にかなり不満を持っていたようです。そうなると江戸城開城の際に天璋院が退去を嫌がったので、何だかんだと騙くらかして移らせた、という話も俄に真実味を帯びてきます。
大河ドラマでは大人しくしていたような記憶がありますが、史実はドラマより奇なり、ですね。


また、慶喜不在の江戸城を預かったのは、田安慶頼*1と松平確堂*2の両名ですが、共にバリバリの南紀派だったというのに少し驚き。特に慶頼は、実兄松平慶永が一橋派の領袖なのに・・・兄弟仲は良好じゃなかったようです。

*1:御三卿田安家隠居。徳川家達の実父。

*2:津山藩隠居。徳川家斉の十六男。