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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

天地人 第25回「天下人の誘惑」

忙しさに取り紛れてサボってきましたが、半分過ぎましたのでひさしぶりに記事立てしてみました。


まあ忙しいといっても大したことはなく、世間的には暇人の部類に入るでしょう(--;)
それでもGW明けに購入した新PCへの移行作業が1ヶ月半近く経過した現在に至っても未だ完了せず・・・というか、ようやく端緒についたといったところだったり(;´д`)
他にも色々やっておきたいことがありますからね。2ヶ月放置していたサブ垢(id:bunkazai)の活動もようやく再開。夏の遠征計画もそろそろ具体案の検討に入らないと。
それに面倒な俗世での雑事もあまり疎かにするわけにもいきませんしね。ふう(^。^;)
あと、何だか部屋の本棚が歪んできて見るからに危ない状態になってます。荷重オーバーか?! これもどうにかしなければ。でもどうしたらいいだろう。


さて、言い訳はこのくらいにして、そろそろ天地人についてひと言二言三言。

景勝・兼続初上洛(上坂)

今回も前回に引き続き上洛・上坂譚。天正十四年(1586)の上洛・上坂は、6月7日の入京から6月24日の出京までの半月あまり。そのうち12日から18日までが大坂滞在期間。ドラマ上では色々な出来事があって、もっとゆったりした時間経過のように感じますが、実際にはハードスケジュール過ぎて景勝も倒れている暇すらなかったかも?(笑)

ヘッドハンティング

次に、直江兼続が秀吉にスカウトされたという、有名なエピソードの件について。
そもそも眉唾物の逸話でありますが、これを初上洛のこの時点に盛り込むと史実的にみて違和感のあるものとなります。
まだ徳川が臣従しておらず、上杉に東国を任せようという時期。斯様な時期に上杉を弱体化させようという魂胆が秀吉サイドにあったとは考えにくい。
それは長らく景勝に反抗していた新発田重家に対する処遇からしても明らか。初上洛から越後帰国後、景勝は秀吉の支援を受けてようやく新発田重家討伐へ本格的に乗り出すことが出来、紆余曲折あるものの、翌年秋に重家を討ち果たし、乱を鎮定している。
秀吉が上杉弱体化を目論むならば、まず新発田重家を取り立てることでしょう。真田昌幸をそうしたように。
であるならば、ここで兼続を引き抜くのは理に適わない。ただ、東国を任せるに値するかどうかを見極めるための値踏みと見るならばアリかもしれない。
それと、ドラマの兼続なら引き抜いても上杉弱体化には繋がらないので、ドラマ上での整合性は取れているといった見解もあるだろう。

愛の兜はシュールギャグか

それから遅ればせながら愛の兜についても触れておきましょうか。
以前、その由来を愛染明王だろうと書きましたが、愛染明王にしろ、愛宕権現にしろ、はたまたドラマでいうような仁愛にしろ、それらは建て前に過ぎぬのではないかと思うようになりました。


戦国期には変わり兜と呼ばれる、奇抜なデザインの兜が多く見られます。相手を威圧するド迫力の兜もあれば、ワケの分からん笑っちゃうような兜もあります。どうしてそんなおかしな兜たちが生み出されたのか。理由は色々あるのでしょうけど、根本的には「目立ちたい」これに尽きるのではないでしょうか。その延長線上に傾奇者がいるわけです。
愛の兜もそれらと同様のものではないでしょうか。目立つことこそが第一。兼続も立派な傾奇者です。そして信仰を建て前にできるあたりを選択するのが才子らしく小憎らしいところ(笑)


さらに当時の「愛」に現代的なLove的意味合いがあれば、これはもう完全にシュールギャグ。思いついたときの兼続のほくそ笑みが目に浮かびますわい(笑)
でも、それについては否定的な見解が大多数を占めているのですよね。学術的な裏付けがあるのかどうかは知りませんが。