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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

甲府城に大天守閣の可能性が?!!

甲府城甲府市)に天守閣などの高層建造物があった可能性を示す報告書を22日、山梨県教委の調査検討委員会(委員長=萩原三雄・帝京大山梨文化財研究所長)が発表した。
県教委などによると、出土した鯱(しゃちほこ)瓦の一部から推定すると、5層の大天守閣を持つ松本城(長野県松本市)に匹敵する25メートル級の建造物があったと推測できる。松本城は、現存する12の城では姫路城に続き2番目の高さ。
調査委はまた、京大に保存されていた絵図などから、内堀を含めた甲府城の敷地面積を約18ヘクタールと認定。小田原城(神奈川県小田原市)の約17ヘクタールを上回る規模で、江戸城駿府城など国家事業として建てられた城を除くと、東日本で五指に入る可能性があるという。
甲府城安土桃山時代、甲斐領主の浅野長政・幸長親子によって建てられた。城跡は6ヘクタールしか残っていない。江戸時代の大火などで建造物の多くが失われ、文献も少ないことから、「天守閣があったかどうか」が謎の一つとなっている。
(読売新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081223-00000005-yom-soci

山梨県教委に委託され、平成17年度から甲府城跡の調査を行ってきた「甲府城跡保存活用等調査検討委員会」(委員長・萩原三雄帝京大学山梨文化財研究所長)は22日、「甲府城跡には豊臣一族が建設した高層建造物が存在した」などとする概要報告書を広瀬孝嘉県教育長に提出。「国指定史跡を目指してほしい」と要望した。
(中略)
萩原委員長は石垣の分析などから豊臣一族の建築と断定、鯱(しゃち)瓦を復元したところ132センチと松本城とほぼ同じ大きさで、「高層建造物があったことは証明された」とした。
産経新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081223-00000027-san-l19


先月、甲府城を訪れて「そういえば天守再建の話はどうなったんかな?」などと思った途端に調査報告が出ました。タイミング良すぎてビックリ!


ニュース記事のタイトルを見て、「すわ、天守の図面でも見つかったか!」と色めき立ったのですが、記事を読むとそうではなく何だか拍子抜け(^^; つまるところ、今回の報告は「天守が存在した」というだけで、復元できるような材料は何一つ無いということですものね。
そもそも天守存在の根拠とされる「破片から推定復元した鯱瓦」も、専門家でなければ理解できそうにないですし。「石垣の分析」は少し気になります。豊臣一族が築いた石垣にはどのような特徴があるのでしょうか。


さて、調査検討委員会ですが、天守復元を目指して図面や絵図などの収集・調査をするべく2005年に設置されました。


甲府城整備:調査委を設置 物証調査急ぎ、天守閣の復元目指す−−県 /山梨 - 日本史日誌


しかしどうやら天守の存在を指し示す文献史料は見つからなかったみたいですね。「京大に保存されていた絵図」というのも天守は描かれていなかったということですから。


最古の甲府城絵図か 京大で発見、描写も詳細(読売新聞2008-03-04) - 歴史〜飛耳長目〜


図面も絵図も出なかったというのは、復元計画にとって致命傷ではないでしょうか。
もちろん天守が存在した「可能性」は充分あると思いますし、それが松本城クラスの天守といううのもあの天守台を見れば肯けます。しかし外観すら分からない現状では復元は困難と言わざるをえません。
でも、世間はこれを機に天守再建の機運が高まるんでしょうなぁ。なんとか食い止めて欲しい(^^;