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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

源義経の政治的再評価/菱沼一憲/国史学(179号)

論文

5年前、2003年刊行の論文。テーマは頼朝代官・京都守護としての義経の職務について。


義経と範頼の役割の違いについての指摘が興味深い。

戦場では常に兄範頼は大手、弟義経は搦手を指揮することからも明白なように、範頼が義経の上位に位置する。しかし義仲を破って後白河院の六条殿に参上しているのは義経のみ、また福原へ出陣する際に院の六条殿に召されているのも義経のみである。
(中略)
「愚昧記」「玉葉」等の古記録類でも、朝廷との接触は義経の方が明らかに多く、対朝廷交渉の場面での義経の露出度の高さは、「平家物語」等の脚色ではなく歴史的事実と判断できる。こうした傾向を個人的資質の差とするのは安易であり、何等かの合理的な説明が必要であろう。
すなわち、義経の閏十月の上洛は、本来は院に別進を進上するのが目的なのであり、当初から義経には鎌倉方の代表者として朝廷に近仕する役割が与えられ、範頼は法住寺合戦後に大軍を指揮して義仲を追討するのを専務とし、朝廷側との折衝は義経が担当していたと考えるべきではなかろうか。