日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

埼玉編/川越市


先月*1に引き続いて川越へやって来ました!
こんなに早く再訪することになるとは思いもよらず。もともとはさいたま市内のサイクリング巡回を再開しようと考えていたのですが、数日前の新聞(埼玉版)に、旧山崎家別邸(市有形)がこの土日に特別公開されるとあったので、急遽予定を変更しての川越行きでした。

11:15 川越駅到着

旧山崎家別邸の公開開始時間は13:00ということで、かなりのんびりした出発になりました。日進駅から埼京線に乗って3駅15分。
この土日は川越まつりの開催日。そのためか、電車も駅も思ったより混雑していた。

11:30 烏頭坂

市街中心部とは反対側の西口に出て、線路沿いを南下。国道16号と国道254号の新宿町北交差点を越えて烏頭坂(市史跡)にやってきました。
前回、川越市立博物館で入手した「川越市文化財案内マップ」で位置を確認すると、駅からさほど遠くなく、また前回スルーせざるを得なかった浅間神社をリベンジするにもいい位置なので、本日最初の目的地に持ってきました。
新河岸川舟運が盛んなりし頃、荷揚げした荷を川越へ運ぶにあたってこの坂が難所となっていたとか。勾配は大したことないですが、緩やかな坂がだらだらと長く続いているのでしんどいのでしょう。途中で自転車を降りて押していた人もいましたし。


烏頭坂の手前に山車が出ていていました。楽しげなお囃子にのせて踊人が珍妙な踊りを披露していました。これから市内を練り歩くにあたっての練習かと思っていたのですが、ここ(岸町二丁目)の山車は行列には加わらなかったようです。毎年、全ての山車が勢揃いするワケではないんですね。ローテーションとか持ち回りとかあるのかな?


パラメタエラー

11:40 浅間神社

今回はソフトボーラーは居らず、リベンジ成功。
神社は古墳のうえにあって、その浅間神社古墳は市史跡。また、万葉遺跡占肩の鹿見塚(県旧跡)というのが近くにあったそうなんですが、これは東武東上線開通の際に消滅してしまい、便宜上近くにあったここ浅間神社に建碑されたのだそうな。

11:55 仙波氷川神社

さて、これから一気に市街中心部目指して北上しようと歩いていくと、またもやお囃子が聞こえてきた。ここも山車が出ていて踊人が踊っていたのですが、ここ仙波町の山車も行列には加わっていなかったんですね。

12:10 喜多院斎霊殿

光西寺・中院・仙波東照宮喜多院などは軒並みスルーして先を急ぐ。
ここは前回見逃した西川練造墓(市史跡)を見学。説明板はかすれていて、あまり読めない。いわゆる幕末の勤王志士ってやつだったみたいだけど、文久年間にとっ捕まって獄死したらしい。

12:25 永島家住宅

今年、市有形文化財に指定された武家屋敷。門扉は閉ざされていて、外観を眺めることも叶わず。



それにしても良い天気。秋晴れでした。

12:30 田口家住宅、原田家住宅

蔵造りの町家で、ともに市有形文化財。この先は人混みが凄くて、蔵造りの町並み撮影は無理ポ。蔵造りの町並み撮影のために、いずれ早朝に訪ねたいと思う。それでダメなら仕方ないな。

13:20 旧山崎家別邸

さて、本日のメインディッシュ。実は、正確な場所が分からなくて、15分ほどウロウロしておりました(^^; やっと見つけたのは12:50。既に行列が出来ておりました。
昨日土曜も凄い行列だったようで・・・


山崎家別邸 - M*Flat
旧山崎家別邸 Tea time 〜EhonCafeのつぶやき〜/ウェブリブログ


やー、こうして事前に状況を知っていたお陰で、行列をみても驚かず慌てず。むしろ、今日はそれほどでもないのでは?とプラス思考。もし知らなかったら、行列嫌いな私は諦めてたカモ・・・。
そんなこんなで待つこと30分ほどで邸内へ。どうやら開始予定の13:00より早く始めてくれていたようです。昨日が凄まじかったので、今日は対策を練った、ということかしらん。
建物はご覧のように洋風でモダンな感じ。内部は和風色の方が色濃いです。内部は撮影禁止でした。外も人がごった返しているので、なかなか満足には撮れませんでしたが、出来はまずまずでしょうか。


目当てのものは見物し終えたので、ここで切り上げていれば良かったのですが、まだ時間が早いから、もう少し見ていこうとしたのが苦難のはじまりでした。

13:45 山下家住宅、塩野家住宅

仲町交差点の西にある蔵造りの町家。ともに市有形文化財。ここら辺はまだ人通りが少ない。

13:50 養寿院

養寿院の門前に何人か座り込んでいた。これから来る山車を待っているのだろうか。大通りは混んでいるし、ここまで逃げてきたって感じ。
そんな彼らを尻目に境内へ。横田家の墓・岩田彦助墓(ともに市史跡)、そして伝河越重頼墓を見学。横田家は川越の豪商。岩田彦助は江戸時代中期の川越藩主秋元氏に仕え、城代家老を務めた人物。河越重頼秩父平氏の惣領。源義経の舅ゆえに誅されたことは有名ですね。

14:10 本応寺

有名な菓子屋横町を通ってきたのですが、すごい混雑。迂回しなかったことを後悔。品物を眺める余裕もなく、ひたすら前へ進むのみ。
本堂前の高山繁文墓(県旧跡)を見学。岩田彦助と同じく秋元氏に仕えて家老を勤めたという人物。




14時を過ぎたので、そろそろ山車の行列でも見られるかな、と思って大通りに戻ったのですが、これがもう大変。交通規制で歩行者天国になっているにも関わらず、すごい人混みでなかなか前に進めない。
それでもじりじりと前進を続けていると山車を発見。幸町の山車。で、その後はこの山車と付いたり離れたりを繰り返しながら連雀町交差点まで南下。なんかもうそれだけでクタクタ。もう充分に堪能したよ(?)ということで、これにて祭り見物は終了。
そして川越駅に向かうのですが、これがまたさらに輪をかけて凄い混雑。これから祭り見物へ向かう人々の波が押し寄せてくる。。。゛(ノ><)ノヒィ
ヘロヘロになりながら何とか駅まで到着し、駅前で昼食を摂ってから帰途に就いたのですが、祭りの混雑はあれからさらに増したんだろうなぁ・・・。