日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

太平記 第34回「尊氏追討」

連日の視聴。見られるときに見る、それが大事。


今回は話がずんずん進む。まず足利尊氏真田広之)の上洛を促す勅使が鎌倉に来るのだが、そこで尊氏が征東将軍に任じられた話が出てくる。なぜもっと早くその説明を入れなかったのか、謎だ。


結局、尊氏は上洛せず、後醍醐天皇片岡孝夫)は新田義貞根津甚八)に追討軍として出陣を命じるわけですが、古典『太平記』にはそこに至るまでに尊氏と義貞による讒言合戦があったとされています。その真偽はともかく、このドラマでの両者の関係は良好*1なので、そういう演出は全く無し。


かくして出陣した新田義貞は、3ヶ月前の足利尊氏と同じように東海道を攻め下り、やはり同じように連戦連勝。合戦場面はほんの少しで、あっという間に箱根まで迫る。
佐々木道誉陣内孝則)らが新田軍に寝返り、足利直義高嶋政伸)らがピンチだと聞いてようやく立ち上がる尊氏。朝敵となったことで鬱状態にあったと言われる尊氏だが、ドラマでは理性を失っているようにはみえず、むしろ冷静でいつもの尊氏のように見えた。どのような演出意図があったのだろう。


ところで佐々木道誉だが、古典『太平記』によれば駿河手越河原の戦いの後に新田義貞に降参したという。手越河原の戦いでは、舎弟貞満が戦死しており、それなりの犠牲を伴っている。利に聡く遊泳術に長けただけの人物ではないと言えよう。
ドラマでは新田軍への寝返りを予定された行動のように描かれているが、そうではなく彼にとっても止むに止まれぬ行動だったと考えられる。

*1:対立的な話は全て周囲が勝手にやったことに。