日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

太平記 第31回「尊氏叛く」

昨年10月中旬に第30回を鑑賞してから早二ヶ月半。かなり時間が空いてしまいましたが、ようやく余裕も出来たので再開します。


はじめ今回のタイトルを見て、足利尊氏真田広之)がもう建武政権に叛旗を翻した、つまり新田義貞根津甚八)らの追討軍との合戦に立ち上がったのかと思いましたが、まだそこまで話は進んでませんでした。尊氏は後醍醐天皇片岡孝夫)の許しを得ぬまま、中先代の乱の鎮圧に京を出陣し、それが「叛く」と表現されたわけですが、過剰な感は否めません。


建武二年(1335)7月の乱勃発を受けて、8月2日には尊氏が出陣するわけですが、鎌倉の陥落がその1週間前の7月25日。ドラマにおいては、追撃を受けてピンチだとの諸情報まで入ってきていましたが、タイムラグを考えれば、出陣前の尊氏に入ってきた情報は鎌倉陥落くらいまでではないだろうか。
それもこれも、相変わらず決断の遅い尊氏を促すための演出なんでしょう。


それと気になったのは、出陣した尊氏に対して征東将軍に任じて追認したというエピソードが出てこなかったこと。ただ黙認しただけになっています。この違いが、あとで何らかしらの影響を受けるのかが気になる。