日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

山内一豊の妻と戦国女性の謎/加来耕三/講談社文庫

  • 序章、山内一豊の妻と山内家にまつわる謎
  • 第1章、戦国を代表した女性たちの謎
  • 第2章、武田家と上杉家の男女にまつわる謎
  • 第3章、織田信長にまつわる女性の謎
  • 第4章、豊臣秀吉にまつわる女性の謎
  • 第5章、徳川家康にまつわる女性の謎
  • 第6章、婚姻にかかわる謎
  • 第7章、不義密通と心中にまつわる謎
  • 第8章、遊女の変遷と謎
  • 終章、“女の武士道”にかかわる謎


かなり分厚い(570頁余)のですが、一豊に関する部分は序章ぐらい。買わずとも良かったか・・・ネットで購入したから仕方ないけど。

「打破業鏡 大用現前」はへそくり伝説に関する文言か?

妙心寺大通院には見性院一豊の妻)死去の翌年に描かれたという一豊夫妻の肖像画が伝わり、見性院一豊の妻)の画の賛には「打破業鏡 大用現前」なる文言があります。この文言をもって、鏡箱より黄金を取り出して名馬を購入したというへそくり伝説が当時既に原型を持っていたという見解を示しているのだが、果たしてこれは如何なものであろうか。本書以外でもそのように記述しているものが幾つかあって気に掛かったので、ここで言及してみます。


へそくり伝説の原型と捉える見解は、どうも「鏡」という文字の繋がりのみで論じる傾向があるのだが、そもそも「打破業鏡」はどういう意味なのか。
これについては、大嶌聖子「名馬購入譚の虚実」(『山内一豊のすべて』)に詳しい解説があって、

「打破業鏡」という言葉は、見性院の死後に南化国師妙心寺大通院)が彼女の画像に書いた賛であることを考慮すると、この言葉を仏教用語としてとらえることができる。このように考えてみて、もう一度、画像の賛の意味を考えてみると、「打破業鏡」の部分の「業鏡」とは、地獄の閻魔の庁で亡者の生前の善悪の所業を映し出すという冥界の鏡のことである。この意味を解釈するにあたり、さらに見性院の当時の動向を合わせて考えてみると、整合的に理解することができる。その手がかりは、彼女が仏教のうち、当時の武士に深く浸透していた禅宗に帰依していたことである。
(中略)
道歌(仏教の精神を詠んだ教訓の歌)をつくるほどの彼女の信仰を考え合わせ、先に示した賛の言葉について改めて考えてみると、見性院は鏡を打ち破るほどに仏縁があったことを示している。このように、当時の彼女の生き方も含めて考えてみると、画像の賛の言葉に鏡という言葉が含まれているからといって、鏡の話が当時から有名であると解釈することは無理なことである。

と、いうことだそうな。仏教には*1疎いので、生前の善悪の所業を映し出す鏡を打ち破るということが、顕彰に繋がるのかどうかよく分からないものの、その他は非常に納得のいく解説だと思います。
画像の賛って、具体的な出来事を記すよりどちらかというと漠然とした顕彰の語句を書き連ねているイメージがあるし。
これでへそくり伝説が同時代まで遡ることは出来なくなったといえよう。逆にこの文言から伝説が作られた可能性は・・・あんまりないだろうな。


それから、ぐぐっていてこの文言と似たようなものを発見。それはやはり禅宗に帰依していた北条時頼の臨終に際しての偈で、「業鏡高懸、三十七年、一槌撃砕、大道坦然」*2と。

*1:もちろん他の宗教にもですが。

*2:吾妻鏡』弘長三年(1263)11月22日条。