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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

歴史日本の謎〜平家はなぜ滅亡したのか〜/NHK総合

テレビ

一瞬、「あれっ、新番組?歴ウゴ終わっちゃった?」と思ってしまいましたが、なんのことはない1回限りの特別番組でした。来週からまたいつもどおり「その時歴史が動いた」に戻ります。でも歴ウゴも長いですし、そろそろ番組改編があってもおかしくはなさそう。


で、この番組のテーマは「平家滅亡の謎」。大河ドラマ壇ノ浦の戦いが終わったばかりですから、それと連動させようというのだろう。とはいえ、放送済みの内容を取り上げたところで大河ドラマの梃入れにはなりそうにないので、そちらの意図はなさそうだ。


肝心の内容はというと、滅亡へのターニングポイントを治承三年のクーデターに置くところまでは良かったのですが、平清盛がクーデターを決行した理由について二説挙げて討論するところで、その両論が共に極論になってしまいました。
「権勢を極めたがゆえの傲慢さ」ゆえにクーデターに至ったとする説と、「危急存亡の危機」を迎えていたがために乾坤一擲の勝負に出たとする説でしたが、正直「どちらも違うだろ」って感じ。
傲慢・横暴な清盛像はあくまで虚構性の強い『平家物語』に拠るものであるし、むしろトントン拍子の出世は気配りがあったからこそ。まー、年を取って強引さ性急さというものが目立つようにはなっていますが、それは後白河院とて同じこと。
かといって危急存亡の危機であったというのも同意しかねる。確かに後白河院との対立が進み、数々の仕打ちを受けていたとはいえ、それでただちに平家が崩壊するようなものでもない。後白河院特有の拙劣さが目立つのみ。


自分なりに答えを出すとすれば、「対立する後白河院への意地の反発」そして「既得権益の保守および新体制の建設」といったところでしょうか。これが滅亡に結びついてしまったのは結果論かと。
強いていうならば、性急さ・強引さが多くの反発を生んでしまったこと、さらに頑なさが妥協の余地を無くしてしまったこと、これらが滅亡の要因ではないでしょうか。