太平記 第23回「凱旋」
鎌倉幕府滅亡ってことで、話は建武の新政へ向けての流れで進みます。
後醍醐天皇(片岡孝夫)は還京を果たし、足利高氏(真田広之)らが出迎える。ここでの後醍醐天皇と佐々木道誉のやりとりは面白い。北条高時と佐々木道誉のコンビに勝るとも劣らない名コンビ誕生の予感(笑)。
さて、そんなこんなで公家・武家らが入り交じって宴会。皆で盛り上がっている中、北畠親房(近藤正臣)がひとり不気味です。
そして彼が帰宅すると、お忍びで護良親王(堤大二郎)が訪ねてきてます。大仏高直が降伏して一段落ついたので都の情勢を聞きに来たという。ちなみに、大仏高直は千早城を包囲していた幕府軍の大将のひとりで、六波羅陥落のあと奈良に撤退して出家・降伏し、翌年京都阿弥陀峯で処刑されてます。
宮は足利高氏・阿野廉子(原田美枝子)を警戒している模様。早くも政権対立の様相が描かれています。
で、信貴山に陣取ったままの護良親王のもとに坊門清忠(藤木孝)が勅使として派遣される。坊門清忠、胡散臭すぎるー! 北畠親房を越えてます。一本気な護良親王と好対照。
藤木孝氏といえば、『新選組!』の松平上総介役を怪演しておられたので覚えている方も多いハズ。『炎立つ』でも藤原教通役で出演されていましたね。どちらもちょい役でしたが、そのインパクトは強烈でした。
宮の御前には3人が控えておりましたが、その内のひとりが赤松則祐(齋藤志郎)のハズ。第12回*1にも登場してますが、役者が変わってる・・・。北条仲時もそうでしたが、なにゆえのキャスト変更なんでしょう?
帰還した坊門清忠が後醍醐天皇に復命。足利高氏を誅罰せよという宮の要求に対し、穏健論が多数を占める中でひとり宮に賛意を示したのが赤松則村(渡辺哲)。彼は、三男則祐が宮に近侍しているように護良親王との関係が深い。ここで足利高氏のことを罵って讒訴しているのですが、これはどうなんでしょう。なにせ後の彼は足利尊氏の忠実な協力者としてのイメージが強いもんで。
護良親王を征夷大将軍に、足利高氏を左兵衛督に任じる玉虫色人事で決着を図る後醍醐天皇。護良親王の征夷大将軍任官は元弘三年(1333)6月13日で、足利高氏の左兵衛督任官はその前日のことだそうですが、足利高氏はその前の6月5日に鎮守府将軍にも任じられている。こちらはスルー。そして8月5日には従三位に叙され、武蔵守を兼任し、さらに「尊」の一字を拝領して「尊氏」となっている。この慌ただしい人事から、政権成立直後の混乱というかのバランスを取るための苦心ぶりが伺える。
最後に、護良親王の征夷大将軍任官を聞いた足利直義(高嶋政伸)が「源頼朝公以来、征夷大将軍は源氏の棟梁が受け継ぐべきもの」との見解を述べていましたが、そうあるべきという見解が存在していたとしても、直前まで宮将軍が四代にわたって続いてきた現実を全く無嗣したような展開はちょっとね。まー、ドラマの設定上、宮将軍の存在は全く忘れ去られているので*2、仕方ないかもしれません。