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日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

元暦元年伊賀伊勢平氏の乱と平信兼/菱沼一憲/ぐんしょ(60号)

論文

一ノ谷の戦い後に起きた、平田家継一族が中心とする伊賀伊勢平氏の反乱事件と、平信兼親子の関わりについての考察。
反乱鎮圧後、平信兼*1は出羽守を解官され、息子たちは頼朝の命を受けた義経の邸宅に招かれて誅戮されている。従来、これらは反乱に与同したための措置と考えられてきたが、反乱鎮圧から半月以上も経過していること、平信兼の反乱関与を語る『吾妻鏡』『玉葉』らの史料もあくまで伝聞・風聞に過ぎないことから、平信兼の反乱関与へ疑問を呈しています。


大河ドラマじゃ取り上げてくれそうにない*2出来事ですが、この反乱自体なかなか興味深いですね。鎌倉方では近江源氏の佐々木秀義(いつ戻ってきたの?)が戦死していたり、反乱軍では平家の有力家人であった平田家継に、同じく伊藤忠清が出てきたり、はたまた平頼盛が鎌倉方として反乱軍と戦ったり*3と、興味を惹かれることばかり。

*1:頼朝挙兵で真っ先に血祭りに上げられた山木兼隆の父。

*2:特に平信兼子息らの誅殺なんかは、タッキー義経のキャラじゃ出来ますまい。

*3:延慶本『平家物語