日本史日誌

いまは旅行記で精一杯だけど・・・

山内上杉氏における官途と関東管領職の問題/木下聡/日本歴史(685号)

まず冒頭部で、上杉顕定以降の山内上杉氏歴代当主(関東管領)が官途ではなく四郎だの五郎だのの通称を名乗っていることを指摘され、「そりゃ意外」と興味を惹かれる。
「どうして?」の疑問に対しては、永享の乱後に綸旨によって任命されたり、錦の御旗が与えられたりしたことなどによって、高い権威を誇っていた関東管領というステータスが官途の代用にもなっていて、特に名乗る必要性がなかったと結論づけている。
そりゃ関東管領は権威も高いしオンリーワンだもんなぁ。それまでの山内上杉氏の家の官途となっていた「安房守」や「右京亮」はそれほど権威があるとは思えないし、あるいは「左京大夫」「修理大夫」なんかも頻発気味で希少価値なさそ。江戸時代のように官位で序列化されているわけでもないし、なるほどと思った次第。


ちなみに最も興味を惹いたのは、上杉謙信養子の上杉三郎景虎が官途を名乗っていないのも関東管領を継承させるためではないかという示唆。山内上杉継承前に任官していた上杉謙信を除き、通称の名乗りが慣例化していることをみればその可能性はありそうだ。